絵を描くことについて

 先生の顔をみて、とつぜん涙がでた。安堵と後ろめたさとが入り混じった涙だった。できればもう立ち止まりたくない。そのまま話をした。“素直に描く”というのがキーワードだったように思う。と、いうか心にのこった。

 自分がどう描きたいかが大事、その言葉を、今までかんちがいしていたかもしれない。こういう絵柄で描きたいとか、ちがうんだ、そうじゃない、モチーフをみて、どう描きたいと思うかが大事なのだ。必要なのはそういう“素直さ”。また、それを実現するために絵の技術や表現方法といったものを向上させなければならないけれど、それだけが先行しているとやはり上手くいかない。

 

 今日はfishmansの『ORENGE』を聴いた。あっという間に終わってしまうので三回再生ボタンを押している。

洗濯機のリズム

 今日はfishmansの『ネオ・ヤンキーズ・ホリデイ』を聴いた。いかれたbabyと洗濯機の回る音のリズムが重なっていた。

 

 今日もやっぱりあまり上手くいかない日だった。逃げてしまったこともあった。人とたくさん話をした。でもやっぱり絵の近くにいたいと思うからもう少しがんばりたい。だから明日は早く起きて、逃げないで、やってこようと思う。

 

 絵に関する問題は山積している。

 

 洗濯物を干したら、眠りにつく。

これ以上、泣かないように

 今日は昨日TSUTAYAで借りた『なくもんか』をみていた。この映画を初めてみたのはたしか小学生の頃で、それから三回みている。ずっと好きな映画なのだ。ストーリーも、登場人物たちも、阿部サダヲの演技も、全て好きだ。

 阿部サダヲの出ているドラマや映画は小学生の頃から好きでよくみていたものだが、その頃から彼の演技には、ギャグとしての面白さもあるが、それ以上に、道化師が持つあのかなしさのようなものがあることを感じとっていて、そこがとても好きだった。

 

 『なくもんか』の他に、夜にはfishmansの『チャッピー・ドント・クライ』を聴いた。本当はドローイングしながら聴こうと思っていたのだが、情けないことに、あまりに頭が痛くて絵を描くことができなかったので、只々CDを聴いていた。

 

 泣かないように、泣かないように、これ以上、泣かないように…そう思って、昨日選んだDVDとCDだった。つよくなりたい、ならなければならない。だけれど今日もやはり泣いて、それで頭が痛くなった。明日も朝もこわいなと思っている。

夜明けと抽象画

 Music Mixが今の気持ちにとても合っている。様々な音楽が次々と流れているチャンネル。言葉のついた音楽も、わからない言葉のついた音楽も、言葉のついていない音楽も、すべていっしょになって聴こえてくる。それにものすごく安心する。fishmansのCDを四枚も借りてきてしまっているが、それらを聴かずして返してしまうのではないかと心配している。

 

 母が復活したので、そのついでに深夜、じぶんが抱えた困難についてを全て話してみた。「もっと苦しめということだよ」と言われたときには苦しくて仕方なくなりなみだも出た。話し終えた今思えば、そういうことを人から言われるたびに泣いている気がする。苦しいことはきらいではないが、もうただただ不毛なのはかなしいのだ。苦しさの中に、それでも砂漠を踏みしめているという感覚が欲しい、どこに辿りつかなくともいいから。それでどうにもかなしくなってしまう。

 

 だけれど一つ話してよかったこともある。それは、じぶんはもしかすると〝抽象的にしか物事を捉えることができないかもしれない〟ということが浮き彫りになったことだ。それが浮き彫りになるのとならないのとではやはり大きくちがう。

 

 朝はもう来てしまったが、安心したので眠りにつこうと思う。